Nutubeオーバードライブの設計

 
2016年にKORG社が開発した新世代真空管「Nutube」。同年11月にそれを使ったエフェクターコンテストが開催され、その審査員を担当させて頂きました。そして実際にNutubeを使ってエフェクターを設計・製作しましたので、ここに記録しておくことにします。
 
 
ギターアンプやエフェクター関連に頻繁に利用される真空管といえば12AX7という双三極管があります。恐らくギター界では圧倒的な登場率の同真空管ですが、Nutubeをそれに置き換えてそのまま真空管ギターアンプのプリアンプ部分をエフェクターにしてしまおうと考えました。まずは本機の電源電圧を決めます。これは真空管アンプを設計する際の基本的なコツのひとつでもあります。Nutubeは9V電源でも十分設計可能なようですが、増幅回路部分の電源が9Vだと増幅率を稼ぐのがやや面倒になります。交流18Vのアダプタを整流して30V近い電源を作ると増幅回路は楽ですが、電源部に整流回路を作らなくてはいけないのでそれは却下。そこで手元にあった直流12Vアダプタ(Maxonのセンタープラス200mA)を使い、増幅回路用の電圧、フィラメント電圧、バイアス電圧の全てをこれで賄うことにしました。ちなみに秋葉原で6~700円で売っているスイッチング式の直流12Vの小さなアダプタは、きちんとしたリプル除去回路を追加しないと高周波ノイズが酷くて使い物になりませんでした(本機はできる限り部品点数を減らしていますので、逆電圧防止機構など用意されておりません。ですので絶対センタープラス12Vのアダプタ以外使用しないでください)。
 
こち派が設計した回路になります。
 
電源電圧を決めたら次はヒーター回路です。通常の真空管ではヒーターと呼ぶ部分を、Nutubeではフィラメントと呼ぶようです。フィラメントの点灯方式は電圧のばらつきを抑えるために全部を並列接続としました。消費電流量が多くなってしまいますが止むを得ません。その分抵抗が1つで済みます。ちなみにNutubeの場合、緑色に光っている部分はフィラメントではなくアノードだそうです。全部直列では緑色に光らないアノードが出てきますのでやめた方が良いでしょう。フィラメント電圧は0.3Vでもアノード点灯しましたが音は出ません。大体0.5V以上の電圧が無いとダメでした。本機は0.66Vくらいで動かしています。
 

もうひとつフィラメントの注意点ですが、フィラメント回路(通常の真空管ならばヒーター回路)だけを組み上げてもアノードは光りません。通常の真空管でしたら、まずはヒーター回路が完成したら点灯チェックを行い真空管が光るのを確認するのですが、Nutubeの場合は光りません。アノード、グリッド、フィラメントすべての周囲に回路を形成してみると(アノード抵抗、グリッド抵抗)、ようやくアノードが緑色に光ります。フィラメント回路だけ組み上げて「光らない!Nutube壊れてる!」と早とちりしないようにしましょう。従来の真空管回路設計に慣れてしまっている人は要注意ですね。

 

次に増幅回路の設計です。ギターアンプのプリアンプ部を模すということで、半導体などでは増幅させず、Nutubeだけで直列4段増幅させる事にしました。通常のビンテージ真空管アンプはハイゲインタイプでも3段増幅がほとんどですが、12Vですとそこまでの増幅率を見込めないため増幅段を増やし4段としました。

 

通常の真空管回路設計ですと、データシートにある動作曲線にロードラインという線を引いて動作点を決めて設計するのですが、Nutubeのデータシートには特定の電圧とアノード抵抗値による増幅率(ゲイン、db)が載っているので、ロードラインは弾かずに、データシートの情報に合わせてみました。
 

グリッドバイアスが2~3Vの時、12V電源の場合、アノード抵抗を330kにすれば14db(5倍)の増幅率となると書いてあり、またグラフを見れば12V電源の時に2Vのグリッドバイアスでは若干曲線の下部が寝ているので、なんとなく3Vくらいのグリッドバイアスを目指すことにします。またグリッド抵抗での電圧降下分を考慮して、バイアス電源は3.5Vくらいになるようにします。

 

電源電圧12Vはアダプタの電源をそのまま使いますので、バイアス電源3.5Vを作ります。データシートには「個体差を半固定抵抗などで微調整。一番ゲインが大きく取れる位置にバイアス電圧を設定する」とありますが、回路が面倒になるので無視しました。よって12Vを分圧して固定のバイアス3.5Vを作ることにします。実測ではバイアス電圧3.35Vになりました。大雑把ですが大丈夫でしょう。

 

あとは基本的な増幅回路を連結して、細かい音のデザインをしていくだけですが、ここで大きな問題に直面しました。Nutubeは増幅段をそのまま直列につないでいくとどんどんゲインが下がり、最後は音が消え去ってしまうのです。データシート上でも、入力段と出力段にFETによるバッファを奨励していますね。これはもうNutubeの内部抵抗だとかインピーダンスに関わる宿命ですので泣く泣く段間にFETバッファを入れます。まあ信号増幅はNutubeだけで行っているので良しとしましょう。せっかくの新世代真空管ですので、ビンテージギターアンプ的に半導体部品は使わないで作りたかったのですが残念。

 

新世代真空管ですが、従来の双三極真空管とは扱いが全く異なります。各段間にバッファが必要なこともそうですし、何しろ防熱管ではなく直熱管なので色々と設計が面倒です。フィラメントもかなりデリケートで、実はうっかりフィラメントに12V電圧が触れてしまい、高価なNutubeを3つも焼き切ってしまいました(KORG様すみません)。念のため1V以上の電圧はかけないように心がけましょう。そして極めつけはマイクロフォニックノイズ(電極に振動が伝わることによって発生するノイズ)です。尋常じゃないくらいキンキン言います。このあたりの振動対策はNutubeサイトに掲載されていますので、徹底的に実践することをお勧めします。本機は対策が甘いので、振動するとすぐにキーンキーンと鋭いノイズが発生します。

 

そんなNutubeですが、丁寧に設計すればとても素晴らしい音を出してくれます。さすが真空管ですね。全く同じ動作条件での検証はしていませんが、Nutubeはしっかり真空管の音がすると思います。それと本機は演奏に応じて緑色のアノードの光が明滅します。そこがまた良い雰囲気。