ユニット2発搭載スピーカーキャビネットの自作

日本ではギターアンプの音を出力するためのスピーカーを「キャビ(キャビネット)」なんて言いますけれど、そもそもキャビネット(cabinet)では意味が広すぎますし、スピーカーユニットを収納している筐体部分を指すわけで、正しくは「スピーカーキャビネット」です。Googleで日本語検索すると「スピーカーキャビネット」よりも「キャビネットスピーカー」の方が検索ヒット数多いですけれど、海外では「Speaker cabinet」と言われていますね。なんて言っておきながら、本国のMARSHALLのWEBサイトを見てみると製品紹介のカテゴリは「CABINETS」と書いてあるので、「キャビ」でも良いんだと思います。なんだか気に入りませんが。

 

さて、常日頃からサイズが大き過ぎる4発キャビ(ギター界隈ではスピーカーの数を「発」で数えることが多いです)に疑問を感じておりました。アンプとスピーカーが一体となったコンボアンプは別として、アンプヘッドとスピーカーキャビネットが分かれているセパレートタイプ界の主流は、世界的に見てもスピーカーユニットを4発搭載した4発キャビです。

 

アンプやキャビを何台も積み上げて壁を作っていたような大昔とは違い、PA機器の発達した現代ではステージ上でアンプの音量を稼ぐ必要はありません。それどころか大き過ぎるアンプの音量はPA的音作りから見ても迷惑になることが多いです。アンプヘッド自体の出力W(ワット)数を受けきれるキャビであれば、スピーカーユニットの数と音量はダイレクトに比例しませんので、スピーカーユニットが何発搭載されていても音量は原理的に同じです。とはいえスピーカーユニット自体の性能でも変わってきますし、スピーカーの数が多い方が量感やら迫力が増すのは事実です。しかしながら4発も必要無いのではないかと思うのです。ステージのマイクセッティングにおきましても、キャビに立てられるマイクの本数は普通1本ですし、せいぜいが2本。位相の問題もあるので異なるスピーカーユニットに4本もマイクを立てるなんてことも有り得ないと言えます。

 

世の中には2発キャビも1発キャビもあります。1発キャビはレコーディングなどでは多く見ますが、ステージでは使いづらいです。何より足元で音を鳴らすことになるので、モニタリング環境の構築がシビアになりますし、見た目の迫力もだいぶ寂しくなります。2発キャビは見栄えは悪くないのですが、ほとんどが横にスピーカーユニットが2発並んだ形になりますので、足元で音を鳴らす問題は解決できません。キャビを台の上に載せたり、横キャビを縦置きする例も見かけますが、どれもしっくりこない。スピーカーユニットが縦に2列並んだキャビも存在するのですが、数はかなり少ないです。上段に傾斜が付いていて演奏者の耳に音が向くようになっている物は非常に少なく、デザイン的に気に入るものもありません。

 

ここで導き出される結論は、よく見かける4発キャビを縦に半分にしてしまえば良い、ということです。

 

機材の運搬や積載面でもメリットがありますし、何より自分のバンドとは違って、サポートバンドでは様々な種類の音たちと上手く共存しバランスを取らなくてはいけないので、音の迫力的にも2発くらいがちょうどいいのです。まさに必然の結論ですね。

 

 

都内全域に展開する某スタジオの友人に相談しましたところ、不要なマーシャルキャビを譲って下さいました(感謝!)。搭載するスピーカーユニットには拘りがあるので、デフォルトで搭載しているユニットは不要です。そして今回はご厚意により、いつもお世話になっておりますESPギタークラフトアカデミー様が作業場所を貸してくださいました。ダメ元で電話してみて良かった。生徒でも講師でもない人間にありがとうございます!

 

 

取っ手やらキャスター(車輪)、その他様々なパーツは取り外してあります。プラスドライバー1本でほとんどバラバラにできます。リベットで打ち込まれているコーナーガードを外すのがかなりの苦労でした。マイナスドライバーを無理やり差し込んで力任せに取り外すしかなく、コツも何もありませんでした。

 

 

キャビの外枠だけになりました。まずはこいつを丸ノコで真っ二つにします。大まかに半分で大丈夫です。

 

 

真っ二つになった外枠。こいつの幅を詰めていきます。

 

 

バンドソーという機械で切ります。以前ギター自作本でもお世話になったESPギタークラフトアカデミーの高山先生がお手本を見せて下さいました。

 

 

幅を詰めた外枠。既にいい感じです。

 

 

ベルトソーでざっくり切った粗い切断面を、エコノミーサンダーという機械で直線にしていきます。高山先生がお手本を見せて下さっています。

 

 

この平面出しは目標値に対し1mmのズレも出したくないので慎重になります。もちろん高山先生がお手本を見せて下さっています。

 

 

切断面同士が上手く平面になったのでピタリと合います。高山先生のおかげです。

 

 

ギター製作でお馴染みのタイトボンドで接着します。水で絞った雑巾で接着面を拭いて少し湿らしてからタイトボンドを塗ると馴染みが良いそうです。硬化時間は15分程度ですし、すぐに固まってしまうので素早く作業します。

 

 

その間にバックパネルを切断します。目標の数値を目指して線を引きます。材料の上に傷をつけて線を描くことを「けがき」と言いますが、そういえば鉛筆とかで線を引くのも「けがく」と言っています。合っているのでしょうか。

 

 

先ほどのようにバンドソーでラフカットした後、エコノミーサンダーで精密に直線にします。段々と高山先生の作業風景になってきました。「自作」と言っていいのでしょうか。

 

 

ピタリとハマりました。トーレックスを貼った際の巻き込みを考慮して上下左右に1mmの隙間ができるようにしてあります。タイトボンドで接着された外枠もだいぶ強固です。

 

 

スピーカーケーブルを挿すジャックの穴もあけました。板に厚みがあるのでビルトインタイプのジャックにしました。

 

 

次はスピーカーユニットを取り付けるフロントパネルです。グリルクロス(ネット)をべりべりと剥がします。大量のタッカー(大きなホチキスのような針を打ち込む工具)で打ち込まれているので1つ1つペンチで引き抜く作業が大変でした。

 

 

剥き終わったフロントパネル。

 

 

こいつもバンドソーでラフカットしたのちに、エコノミーサンダーで切断面を直線にします。

 

 

切り落としたバックパネルの端材でネット用の枠を作って取り付けました。振り返れば高山先生の独り舞台でした。私は助手を担当したにすぎません。

 

 

仮組したころ。既に素敵な風貌になってきました。

 

 

型番のプレートが付いていた箇所の木を外した部分がグリルクロス越しに白く見えてしまったのでマッキーで黒く塗ります。

 

 

お馴染みギャレットオーディオで購入したグリルクロスをタッカー止めしていきます。初めての作業なので難しいです。引っ張って突っ張らせながら貼っていくんですね。マーシャルのデザインが好きではないため、グリルクロスはフェンダータイプの物を選びました。

 

 

外枠にフロントパネルを仮止めしてみます。

 

 

良い感じです。グリルクロスの巻き込みの厚さを考慮してフロントパネルも1mmほど小さく作りましたが、それでもキツめでした。2mm以上の隙間があっても良かったかも。

 

 

さて、キャビの外装のメインとなるトーレックス貼りです。以前貼られていたトーレックス(装飾布)は全て力任せに剥がしましたが、全体が接着剤でベトベトになっております。これを全てヤスリで剥がすのは地獄ですので(手持ちの道具ではフルパワーで多分数日かかります)、横着をしてベトベトの上からトーレックスを貼ってしまおうという結論に達しました。グリルグロスと同じくギャレットオーディオで購入したトーレックスを小さく切り、試しにモノタロウで購入した壁紙のりで貼ってみます。

 

 

トーレックスが上手く接着できました。こぼしたコーラを拭き取らずにそのまま放置した状態以上に全体がベトベトしているこのキャビですが、さすが日本の壁紙のり。イギリスの接着剤なんて目じゃありません。

 

 

キャスターの穴をあけて仮止めします。純正のキャスターはガラガラと騒音もあり、かなり振動があるので、モノタロウのゴム製の大きめのキャスターにしました。スイスイ滑らかに運べます。

 

 

キャビ上部にはマーシャルアンプを載せるためのプラスチックパーツが付いていましたが、それは除去しました。残ってしまった窪みが6mmだったので、モノタロウで購入した6mmのベニヤ板をカットしてはめ込んで埋めます。モノタロウ最高。

 

 

板をはめ込んでタイトボンドで接着。隙間はウッドパテで埋めます。

 

 

ウッドパテが乾いたらサンドペーパーでこすって平らにします。これで窪みは無くなりました。

 

 

さていよいよ全体にトーレックスを貼っていきます。この作業が大変過ぎて写真を撮り忘れました。コツとか何も知らなかったので、やみくもに想像で貼っていきました。

 

 

細部を見れば粗いクオリティですが、どうにかトーレックスを貼り終えましたので、装飾目的にパイピングを施します。もともとは白いパイピングだったので、高級感を狙ってゴールドを選んでみました。ふちに這わせながらタッカーで打ち込んでいけばいいはず。

 

 

装飾を終え、スピーカーユニットを搭載します。所有のキャビすべてに搭載しているお気に入りのCELESTIONのVintage30です。自宅に8Ωの物が1発余っていたので、もう1発8Ωの物を購入し、直列接続して16Ωキャビになっております。本当は16Ωの物を2発並列接続して8Ωのキャビとして使いたかったのですが残念。並列接続ならばユニットが1発死んでも16Ωのスピーカーとして緊急で鳴らせますからね。Vintage30は60Wユニットですので、直列でも並列でも2発で120Wまでのアンプヘッドが繋げるようになっております。

 

 

バックパネルにネジ穴をあけて完成。コーナーガードや取っ手なども取り付けております。

 

 

これにて完成。どうですかこのカワイイ風貌。昨今のミニアンプブームに最適な1台となりました。実際にステージで使用しましたが音質、音量、迫力のすべてが十分でした。4発キャビに全く劣りません。迫力ありすぎてPAさんと相談の上、アンプの音量を下げたほどです。演奏を見たミュージシャンにも「凄く良い音だった!」と絶賛されました。やっぱりキャビは4発も要らないことが証明できましたね。これと同じキャビを2台製作して、スイッチジャックでリンク接続できるようにするのも良いですね。外向きに角度をつけて置いたり、自分の両サイドにおいて囲まれてみたり、可能性が広がります。

 

 

既に運搬で傷もついておりますし、接近してみると装飾系の仕上がりに難が有りますが、現場で使っていけばすぐにボロボロになっていくのであまり気にしていません。アンプヘッド程度の重さになったので独りでも持ち上げられます。

 

 

実際にステージで使用してみた図。ミニアンプとの視覚的愛称は抜群ですね。

 

 

普通の100W系のアンプヘッドを置くとかなり滑稽な状態になるので、恐らくヘッドは横に置くようになっていくと思われます。

 

以下、大まかなコストです。

 

大元のキャビ・・・無料

スピーカーユニット(1発)・・・¥17000

スピーカーケーブル用ジャック・・・¥600

トーレックス・・・¥6000

グリルクロス・・・¥3500

パイピング・・・¥1850

キャスター4つ・・・¥2200

壁紙のり・・・¥300

6mmベニヤ板・・・¥500

合計・・・だいたい¥32000

 

今後予定されている様々なステージでメインキャビとして使っていこうと思います。このキャビが気に入ったので、これに合うサイズのアンプを作りたいという気持ちが沸き上がって参りました。

 

【2021/04/14追記】

スピーカーを交換しました。「キャビの悩みあるある」と言える話ですが、キャビの目の前に立って弾いているとどうも音がクッキリしないので、アンプの方で高音域を上げます。すると今度は正面で聴く人やマイクで拾う音は高音域が耳に痛い場合が多々あります。そこで、正面に向かっている下のスピーカーのみどっしりとしたサウンド感の機種に変更しました。

 

 

CelestionのG12-65 Heritage 15Ω(16Ωとして使用)です。どっしりと密度あるサウンドが気に入っております。同時に、上段に搭載していたVintage30も8Ωの物から16Ωの物に変更しまして、これでようやくパラレル(並列)接続にすることができました。

 

今後は、PAさんやレコーディングエンジニアさんがキャビにマイクを立てる時に、「下段の方で音拾って下さい」と伝えるようにするのを忘れないようにしなくてはいけません。